第5話 オーセンテックな銀座酒場は、都会の禅寺(2)
ウブ可愛いげな、脱色オヤジに還る
客に癒しをトコトン提供する、バーテンダーの仕事は心身ともに過酷だ。病に倒れる前の「洋ちゃん」も、客が杯を薦めるとウイスキィーのストレートを、ショットグラスで一気に干していた。水割りにでもすれば体が楽だろうと言ってみたら、最後の客が帰ったところで返事が来た。
「水割りの一気は何杯も飲めませんし、トイレも近くなる。第一飲む形が悪い。強いアルコールのストレートもチビチビと時間をかけて頂けば、その間はお客様のお話しも伺わなくては。何より、杯を頂いたお客様を特別扱いしている様で、他のお客様に失礼ですから」。と言いながら、素面顔でいつも通りの伝票整理を続けていた。
分かっちゃいるけど馴染みの店で、オーナーや従業員に親しくされると、ついつい話を引きずってしまう。気兼ねの無い店なら尚更気分が良いものだけど、やっぱり客も適度に君子の交わり?するのがマナーだろうね。
話は(社)日本バーテンダー協会顧問でもあった「赤チョッキ」に戻る。
大往生した後は弟子の藤本国男さんが店を守ったが、今年初めに長い歴史は幕を閉じた。残念だと思っていたら、10日ほど前に「国ちゃん」から8丁目の中国料理店「維新號」の裏で「BAR ふじもと」として開店すると連絡があった。
「赤チョッキ」には後継者の息子さんがいたが、若くして急逝した。今は親子で仲良く「千の風」になって、正統派酒場の気概を伝える弟子たちを、見守っていると思いたい。
サントリーの新聞広告で山口瞳、倉本聡、伊集院静と続く「新入社員、諸君!」ではないけれど、団塊世代の「新退社員、諸君!」だって、まだ遭遇したことのない娑婆の「人」との出会いは必ずあるはずだ。
少しばかり長くなった残りの人生を、彩り豊かに過ごしたければ。一期一会の初心の還り、オーセンテックなバーのカウンターで、少しドキドキと見知らぬ客や若者達と、杯を交わしてみてはどうだろう。ウブ可愛いげな脱色オヤジに還るのも、そんなに気色は悪くないと思うのだが?
さて、早めに帰り支度をして、7丁目銀座ライオンでチョット飲って行こうかな。壁際の小さな丸テーブルを前に、アールヌーボー風のレトロな高い天井を見上げながら、人生は行雲流水よと、オッサンもたまに格好をつけてみるか。
(完)
