第6話 宮中晩餐会と出前の御用達(1)
きっとマラカイトグリーン漬けの鰻でも、パクついていたと断言できる。
大型台風が首都圏に危うく上陸しそうな7月15日にお中元が届いた。送り主は、早稲田大学大学院の元中国人留学生からだ。包みを開けてみると和菓子と栞が入っていた。
メーカーは隅田川に架かる佃大橋のたもとにある、宮内省の当時から御用達を名乗る由緒ある塩瀬総本家という老舗だ。創業は宋から帰国した禅僧に追従してきた弟子の中国人、林 淨因さんが興した饅頭屋らしい。
元留学生のC君とは今年の春節(旧正月)に底冷えのする京都で久しぶりに会った。日本文化に造詣が深く、尊敬の念も持っている彼の事だから、日中国交正常化35周年のお中元に、故事来歴のある銘菓を贈ってくれたのかも知れない。頂いた菓子で緑茶を啜りながら礼状を書いていて、平成10年11月に江澤民国家主席が来日した時の事を思い出だした。
私が会員になっている社団法人の役員から電話があり、「明日、京大の島田先生ご夫妻をお連れして皇居に行って欲しい」と。唐突な要請だったが、そこは皇居なのでミーハーな性格が二つ返事をした。後で聞いたら、どうも私が黒のドイツ車に乗っていたので、貧乏な我が協会は体のいい、ハイヤー替わりのご指名だった様だ。世界に誇る東洋学、中国史学の双璧はフランスと日本で、分けても京都大学だろう。その「京都学派」の碩学、学士院会員でもあった島田虔次名誉教授との一期一会だ。
翌日しっかりと洗車をし、ダブルの略礼服で早めに宿の虎ノ門パストラルに伺った。かなり時間が有ったので部屋でお話を伺っていると、前夜バスルームで倒れられたようだった。ご夫妻を乗せて出発したが、早過ぎたので銀座を一回りした。晩秋の夕方はとっぷり暮れて、イルミネーションが美しく瞬く街だ。4丁目の和光辺りで「初めて見たけどなかなか綺麗ですね。」先生の言葉に思わず耳を疑った。脇から奥様が「東京には学会で何度も来るのですけど」と。ご承知の様に、銀座は東京駅や学士会館などからも目と鼻の先だ。そういえばホテルで雑談の折、奥様が京都宇治の家のローンを組むのが大変だったと言っていた。碩学の来し方の一端を垣間見た気がした。皇居坂下門から入り豊明殿の下でご夫妻を見送り、地下の待機場所に誘導された。
一息つくと、朝からコーヒーだけなので猛烈な空腹感を覚えた。周りを見ると、お付きの人らしきグループが紙袋の中から、風呂敷包みの二段重ねを取り出し始めた。今頃は晩餐会のテーブルに宮内庁大膳課が、腕によりを掛けて三千年の歴史に負けない料理を並べていると思うと、余計に腹の虫が鳴った。控え室にはお茶位しか置いていない。二段重ねから蒲焼とほっくりとした米飯の匂いが、ない交ぜに漂うともう堪らない。きっとマラカイトグリーン漬けの鰻でも、パクついていたと断言できる。飢えたら人間もホントに手に負えない。恐れ多い宮中なのに、何を考えるか分からないからだ。
(続く)
