第7話 総理の品格と面子(2)

2007.07.30

この国のパラダイムの変化を予兆するかのようで、未来に理由のない不安を覚えた

 なぜ、謝罪総理だった村山さんは「既に天皇と私が、国民を代表して正式にお詫びをしている!私は自民党の 傀儡(かいらい)総理と、思うのかも知れないが総理の言葉だ。閣僚の不用意な発言で、貴国の面子も潰れてたろうが、私も同じで国民や天皇にも面目が立たない。事に触れる度の抗議は、百害あっても一利が無いと思う。私の謝罪を 鴻毛(こうもう)の言葉と感じるなら、両国の為にも、村山談話は撤回をしたい!」と人格が変わったように、中国政府に迫れないのだろうか。そうゆう胆力、意識に裏打ちされた交渉力が、総理の品格だと思う。確かな根拠は無いがそこまで意を尽くし、職命を張って言えば、中国政府は村山さんの面子も守ったかも知れないな。

 ヨイショをするが、彼の国の指導者階級にはそういう事が言える、品格のある人物を重んじるメンタリティーの系譜が、まだ残っていると感じる時がある。両国にとって、ずい分と無駄で馬鹿げた時間だった。おそらく戦略上手な中国政府は、余程の事が無い限り、もうこれを持ち出さないだろう。それは、13億人を治める世界戦略のステージとターゲットが、とっくに他に移っているからだ。どちらの国だって 喫緊(きっきん)の問題は山積みだから、早く大同小異と国民のために割り切って、つまらない処で、もたつくなと両国の民は呆れているかも知れない。

 平成17年4月に日中両国の民間交流団体が、長野でフォーラムを開催した。終了後、私は村山さんを戴く会の参与を拝命している関係もあり、東京に戻る新幹線の車内で、ご一緒させて頂いた。平日の昼近くの長野新幹線のグリーン車は、主催団体の役員のお一人と村山さんの他は疎らだった。ご本人から「謝罪」についてお伺いする良い機会だと思ったが、遂に東京まで口に出来なかった。なぜ、その時言い出せなかったのか。相対して感じた小津映画の笠 智衆のような、 恬淡(てんたん)とした人柄(品格ではない)としか言い様がない。言い換えればそれは、村山さん自らが総理の品格に到達しなかったと、悟った初めての 稀有(けう)な政治家だと感じたからだ。

 「村山談話」も、元を辿れば自民党の政権欲しさの「何でも有り」が発端とも言えるだろう。東京駅には迎えも無く、SPも付けずに丸の内口から、一人タクシーに乗り込む元総理の痩せて丸くなった背中を見送って、複雑な思いがするのは私だけではないだろう。

 各界の著名人で賑わう、大平正芳記念賞の会場から一足先に失礼し、丸の内口で皇居方面を振り返った。私のよく知る頃の風景は、もう東京中央郵便局だけだ。日本工業倶楽部が、三菱UFJ信託銀行本店ビルに、覆いかぶされた様にビルトインされた (たたず)まいが強烈に目に焼き付き、この国のパラダイムの変化を予兆するかのようで、未来に理由のない不安を覚えた。

 さて、明日は帰国だ、北京は夜半まで豪雨と雷鳴が止まない。品格モノの書籍が流行るこの頃だ。そのうちに「ヤクザの品格」を宮崎 学さんが書きそうだな。まっとうにお願いしますよ。兄ぃ。

(完)