第18話 ブッタに真珠(2)
オッサンは彼らのお蔭で枕を高く寝ているが、時々夢の中で曼珠沙華の様な美女に肘鉄を喰い、ベッドから墜ちそうになる。
しばらく腰を下ろして沖を通る船影を見ていたが、体が冷えて来たので砂を払って浜を後にした。帰りの横浜や品川方面に向う特急電車には、若いカップルや学生グループ風の客が増えて来た。経済格差も拡がっているが、とりあえずいい時代だなと思いながら、各駅停車に乗り換え、自宅の3ツ程手前の駅で下車をした。
駅から5分ほどの禅宗曹洞宗総本山の総持寺に向った。そうそう、裕ちゃんの墓が在る寺、と言った方が分かるだろう。僕は懐疑心なども人並みに有るけれど、正直、宗教や信仰心はまったく育っていない。それでも、神社仏閣の静寂な佇まいが好きだから、時々足が向く。総持寺は福井県の名刹永平寺と同格で、なにより断然に近くて便利だ。クスノキの巨木や樹木が恋しくなる四季の変わりを目安に、年に何度か境内を歩く。
前回は10月初めに来た。曼珠沙華が、凛とした贅肉のない緑の茎に、紅い花弁を付けていたのを思い出した。墓地に自生して葬式花などと言われ、あまり気にならない花だった。しかし、このごろは僕の心が変化したのか、曼珠沙華が寺や墓地の陰翳の深い片隅に咲いていると、釈迦の妻のヤショーダーラのようで魅力的だ。
短い坂を上って三門の阿吽(あうん)の出迎えを過ぎ、太祖堂に入った。掲示板の「釈尊成道会」の白文字が目に入った。今日は釈迦が悟りを開いた日だそうだ。人類の誇るべき先達は29歳で出家し、35歳の12月8日の明け方に悟りを得たそうだ。
約2500年前の12月8日明けの明星は菩提樹の下のブッタと、66年前の同じ日の未明に真珠湾で、日本国がトラ トラ トラ(ワレ奇襲ニ成功セリ、の暗号通信文)と奇襲し、やがて青年や国民を地獄に追い立てた、愚かな一部始終を見ていたんだな。
奇しくも総持寺には石原裕次郎の他に、「神風特攻隊の父」とも呼ばれた、海軍中将 大西瀧治郎の墓が在るようだが、探した事はない。大西中将は敗戦翌日に割腹自決をするが、辞世の句は「すがすがし 暴風のあと月清し」と「これでよし 百万年の仮寝かな」だと!虚勢もここまで張れば哀れを誘う。普通の感性が有ればフザケルナと思うだろう。
若い維新の志士が未来を信じて「辞世の句」なら清々しいが、国や国民の生命を護る将軍の台詞ではない。54歳に成ってもこんなもんかいな。出陣した学徒が辞世の句を聞いたら、彼らは何と言うだろう。
大西中将は夜半に腹を割捌いてからは、特攻隊員に詫びようと、手当てを拒み苦しんで死んだそうである。まあ、自決するんだから手当てをされては、本人にとっては迷惑だろう。でも、本当の話なら少しは救もあるのだけど。若人や同胞の痛みをもっと早く知って欲しかった。自分が遭遇してから苦しみが判るなんて、それじゃーオッサンと同じレベルだよ。
以下も「You Tube」にある学徒出陣の貴重な映像です。僕達が再び愚行を犯さないように祈るのみだ。鎮魂の思いを馳せてクリックをしてくれるかな。
http://www.youtube.com/watch?v=4eATXw4QxYE&feature=related
さて、オッサンは彼らのお蔭で枕を高く寝ているが、時々夢の中で曼珠沙華の様な美女に肘鉄を喰い、ベッドから墜ちそうになる。明日からまた1週間が始まる、なんだか気が重くなって来た。明けの明星は来週も、地上の悟りと迷いを見下ろして瞬く。
(完)
