第19話 多摩川のクリスマス・イブ(2)
グットアイデアがハカナク消えた。ありゃー、教会の裏門は正門の倍も広かったよ。駐車場の出入口にもなっていた。えっへへ〜だ。
さて、長話をしていると日が暮れるから、そろそろ歩き始めるかな。イブだから期待して、邸宅の並ぶ一区画ほどを大回りして出発した。生垣や庭の木々にX'masイルミネーションが殆ど見当たらない。以前は素晴らしいものが燈っていたのに。もう家に煌々と飾り付けるのは、コモン ピープル ランクの楽しみと飲食店などのエクステリアなのかな。
5、6分も歩くと下り坂の途中にカソリック田園調布教会が、ひときわ大きくそびえ建っている。初代ボスの中村豊一先生はカソリックで、葬儀は広尾の聖心女子大の御聖堂だった。そんな縁で教徒じゃないけど、ちょっと寄り道をして行こう。しかし、正門から入ると、大聖堂までキツイ上り坂と階段だな。オッサンの下り坂信仰を、ここ異教の地で曲げたくないな。
ウォーキング効果で酸欠状態の脳に血が廻り始め、いつものグットアイデア?が湧いて来たぞ。確か、裏門からクララ修道院の脇を通って行けば下り坂だろう。裏門は狭いだろうけど、それが良いのですよ。「狭き門より入れ」とは聖書の格言だからね。
よし、僕の人生の新たなスタートは「蚤の市」のような賑やかで、ダダッピロイ裏門だが今日は格調高く「狭き門」から入って格好を付けてみるか。誰だ!「アンドレ・ジイドの小説『狭き門』だろう」なんて言う、品や愛のない冷徹な読者は。聖書だよ、マタイ伝とかいうやつです!よ。
門を見てグットアイデアがハカナク消えた。ありゃー、教会の裏門は正門の倍も広かったよ。おまけに駐車場の出入口にもなっていた。えっへへ〜だ。これマタイ伝の下の句だ。
「P」と標識が出ている広き裏門から入り、大聖堂の祭壇をチラリと覘いた。イブのミサに石段を登って来た信徒たちとすれ違い、狭き正門から出た。ああ、これじゃー漏斗と同じマサカの逆行人生だ。もう寄り道はしない、ゴールが有るのみだ。
多摩川左岸の堤防に出てしばらく歩き、新幹線の鉄橋をくぐると、海まで12kmのマイルストーンがある。今日は自宅からなので、歩き易い靴に手ぶらだ。ダイソーで買った万歩計も着けている。西の空には丹沢連山の上に抜き出た、富士山のシルエットが浮かぶ。そろそろ日没だが、東京湾まで歩くぞ。この1、2年ほど摂生?と鍛錬?をしているので、時速6km前後で歩けるはずだ。いや、はずだろう。
春は満開の桜並木になるサイクリングロードを2kmほど進む、穏やかな川面には黒い小さな影が2、30個動いている。おそらくマガモの群れだ。このあたりから下流域が始まり、河川敷も含め川幅が広い。しかも西の右岸には高い建物が少ないので、陽が落ちても20分ぐらいは薄暮を楽しめる。段々と夕闇が迫り、水面に河畔の明かりが映し込まれて来た。
さざ波がきらきらと光を反射し、静かに流れて行く。僕は笹舟になって流れにシンクロしながら、ゆっくりだが歩幅を大きく進める。
気持ちがいい、至福を感じるなぁ。借金もすっかり忘れているから、ランニング・ハイ、いやウォーキング・ハイだろうな。
(続く)
