第19話 多摩川のクリスマス・イブ(3)

2007.12.26

彼の家は大洪水でも流されなかった。某建築設計士の建物より安全なのかも知れない。

 国道1号線の多摩川大橋の手前で、マイルストーンが暗くて見えなくなった。替わりに河畔に並ぶ高層マンションが沢山の光を放つ。見も知らぬ家族の、イブの団欒風景を想像しながら河口へと下る。後1時間ちょっとでゴールだろう。

 羽田空港から発着する航空機の、ウイングランプが東の空に見えてきた。喉が渇いたので水を飲みたくなった。六郷大橋でサイクリング道から河川敷に降りた。暗がりの中に先客がいた。2リットルボトルに給水していたが、僕の接近を知らず次のボトルに移った。かがんだ腰の周りに、まだ空きボトルが数本あった。河川敷の住人だろうと思っていると、気がついて顔を上げた。「ゴメン、ゴメン」と蛇口から離れようとした。「暗くなって来たから先に入れちゃいなよ」といったら、素直に給水を続けた。

 出が細いので時間が掛かる。間を持て余してか、それとも満月を背にした僕は、仲間に見えたのかな。近くなのかと聞かれたので、こちらも聞いた。9月の台風9号の洪水でヘリ救出をTVで見たと言うと、「そいつは隣の家の野郎だ」 隣の家?

 そうか、彼らはホームレスではないよな。言ってみれば建築基準法違反、国交省河川局管理地無断使用だが、庭付き軽量戸建てエコ住宅の、ローンと固定資産税なしの所有者だ。彼の家は大洪水でも流されなかったと言う。某建築設計士の建物より安全なのかも知れない。

 TV報道ではそのお隣さんは、ヘリ救出を一旦は断ったようだ。人生を達観し生死も流れに任せるなんて流石だ。とても僕は足元にも寄れないと言った。「違うよ、ヘリが来たときは、増水はもう峠を越え、水が引き始めていた。だから野郎はムクレテ、助けは要らないとグズッタのさ」「急に増水したのは明け方4時頃で、何時間も経ってからヘリが来た。早く来れば野郎だって、小便をチビらずに済んだろうぜ」

 現場の河川敷は泥水で、行政境界がハッキリせず、縄張り争いで擦った、揉んだをして遅れたのだろう。でも東京消防庁や対岸の川崎市消防局のヘリポートは、僕の事務所に近い同じ東京へリポートだ。現場まで直線で15kmだ、明け方の湾岸高速なら、車でも飛ばせば15分で着く。そう考えると、お粗末な消防ライブショーを見せられたな。アンタ等はリスク覚悟の建築だから、あんまり文句を言えないけどね。

 後半のスタートをしようと思ったが、体が冷えてきた。意思の軟弱なオッサンは、もう下り坂も無いし歩きたくない。本日はここ迄だ。帰路の橋の上から河川敷を見下ろした。水に浸かった発電器がお釈迦なのだろう。青いビニールシートのハウスから、ロウソクの灯りがゆらゆらと見えた。

 途中で寄り道した田園調布の華麗な教会は、聖フランシスコの名を冠している。(F・ザビエルとは別人だよ)彼はイタリアのアッシジで放蕩息子のような生活をしていたらしい。若い時の怪我や病気でウツになったようだ。(下線部分は僕の解釈だ)

 ある時「私の家(教会)を建て直せ」との主イエスの声を聞き、朽果てた教会の修理や建て直しを、人々が嘲笑しても気にもせず、生涯続けたそうだよ。最初の聖堂は小さな豚小屋の跡に造った。亡くなった時はその聖堂脇の粗末な小屋と言うのだから、貴殿たちの家屋とそんなに変わらないはずだ。

 彼のまたの名は「ボベレルロ」貧しい人の意味だ。ボベオッサンの名誉のために、一言云わしてもらうよ。只の貧しいだけなら河川敷どころか、世界中にお仲間はいる。彼の場合は貧の前に清が付く。

 さて、いろいろワケアリの「行雲流水」生活だろうけど、年に1度の洪水で溜めこんだゴミを流そうなんて、横着な事をしないでよ。イブが終わったら先達のボベオッサンを見習って、ハウスの周りを少しは片付けて、新年を迎えてはどうだい。粗末でも青い聖堂が立ち並べば、多摩川は益々すがすがしくなるだろう。

 眼下の小屋ではイブの祈りを捧げているのかな?それとも焼酎で暖を取って、明け方からのアルミ缶争奪戦に備えているか?どっちかだよな。今年最後の満月が大きく見える。まん丸お月さんが、「夜明け前の街には、月光にきらめく獲物が多いよ」と言っているぞ。サンタの袋一杯の贈り物だな。
良いお年を。

(完)