第23話 「ライラの冒険」ダイモンとSFXの超人

2008.03.02

オッサンの様な子供っぽい大人でも、きょう日の大人っぽい子供でも

 週末に昨年の夏以来6ヶ月ぶりにシネコンに行った。前回は夜の会合まで時間を持て余し、8月の酷暑を逃れるように日比谷のシアターに入った。2006年ベネチア国際映画祭金獅子賞グランプリを受賞した「長江哀歌」だった。安価なアマチュア用のDVカメラの撮影だが良いフィルムだと思う。ジャ・ジャンクー監督の意図が届かなくても、日本人ならドキュメンタリーとして観てもいいなと感じさせた。

 僕は中国各地の庶民には比較的長く馴染んで来たから、スクリーンの人々の生活や人生にある程度の共感と身体的挿入が出来る。他人には見せない隣人の魂を見たようで、ふと忘れていた中国人の何人かを思い出した。オフィス北野はこんな作品も配給しているのかと感心した。

 2週間ほど前にTYリミテッド社の依田巽会長から封書が届いた。開封すると「ライラの冒険」の招待券と配給元のギャガ・コミニュケーションズ会長としての案内状が入っていた。

 たまたま若い人達と雑談していたので、送り主の依田さんはエイベックス社など多方面の企業や団体で若者文化をリードして来られた。現在は僕達と一緒に日中の若者達が楽しめる相互理解の、いわばカルチャーやスポーツのプラットホーム実現に尽力されている方なので、一目も二目も置いている知り合いだと自慢げに紹介をした。

 自慢話に付き合ってくれた女性の健気さに、依田会長から送られた折角の「ライラの冒険」をつい進呈をしてしまった。まあいいか、彼女達から上品な義理チョコを貰ったばかりだし、これで少しは僕の株が上がればね。

 3月1日の封切り日に近所の10スクリーンも有る109シネマズに出かけた。昨夜に妻を誘ったが、友人とお茶の先約があると言われたので今日もお1人様だ。午前の部は既に売り切れ午後を予約して、家には戻らず雑誌を買ってスタバでコーヒーを飲んだ。

 字幕版は600席の大きいスクリーンなので、臨場感もたっぷりと堪能ができた。僕はヤル事、為す事がみーんな子供っぽい。しかし、その割に子供心の天真爛漫さが無いから可愛げも無い。

 今回もファンタジーなストーリーに入り込むより、CGやデジタル映像合成の完成度のチェックとSFX技術の秀逸さに見惚れていた。 もちろん妖艶なニコール・キッドマンのシーンなどは心底から集中して観賞をしていたさ。当たり前でしょ!

 始めて僕が見た特撮を使った映画は円谷監督の「ゴジラ」だったかも知れない。でも子供の目にも海面の不自然さや、踏み潰されるミニチュアの街に興ざめしていた。その後20歳を過ぎた頃、都内飯田橋の神楽坂口に在った学生専用のような「佳作座」で遭遇した「2001年宇宙の旅」が初めて感激をした特撮映画だった。

 ニーチェ哲学を交響詩にしたリヒャルト・シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」の導入部の根源的なサウンドや、宇宙空間を黒色板や胎児のような生命体が漂う、澄み渡った映像に心を奪われた。今でも目を閉じてこの曲を聴くと、宇宙空間にワープしたような気分になれるんだよ。

 図書館に戻るつもりで鞄を置いたまま2本立てを3回も見て、終電に遅れそうになり小石川の友人の下宿へ転がり込んだ。映画の興奮冷めやらず、青年オッサンもかく語りきの状態だった。その晩は超人思想や禅などについて、サントリーレッドが空になるまで語ったっけ。

 ニーチェの哲学書は格好付けに読んではみたが、僕の頭にはチンプンカンプンだった。いま振り返れば映画に触発された、思いつきの様な貧弱な議論だったな。でもずいぶん昔の事だから懐かしいが恥ずかしくはないよ。

 こんな気持ちにさせるのはSFXと言う、映画を素晴らしいエンターテイメントにする技術で、現在はコンピュータによる視覚、音響効果技術の事だ。そういえば冒頭の制作費を安く上げたと思われる秀逸な中国映画「長江哀歌」も、唐突にUFOを飛ばしたりして2、3ヶ所でこれを使っていたな。余計なシーンとも思えるが、これが無ければ只のドキュメンタリータッチだからかな。

 「ライラ」のエンディングは長かった。だってオッサンが嫌いなアルファベットがスクロールで延々と4、5分?も続くんだよ。席を立とうとしたが周りは誰も立たないのでもう少しの辛抱と我慢し、仕方なくスクリーン横文字を追った。どうも同じABCが出てくるんだ。Visual EffectsだのSound Effectsだの、それに肩書きが付いたものなんかがゾロゾロとね。

 これがSFXのスタッフや会社なんだ。気をつけないとこれから銀幕の主役を、彼らに奪われるのはそう遠くないはずだ。夢見る若きアクターやアクターズは、心して芸を磨いて下さいよ。期待をしているからね。

 さて、家に戻ったら妻が「今日は随分帰りが早いのね」と言う。今は大体2時間くらいだよと返事をすると「じゃぁ散歩だけね」と頷いている。なんだか話がかみ合わない。良く聞いてみると妻は昨日の映画の誘いを「オイラの冒険」と聞こえ、いつもの散歩に行くのだと勘違いしていたらしい。

 僕は休日にぶらりと糸の切れた凧のようにアチコチ徘徊(冒険)をするけど、ソフトバンクのCMのワンちゃんと同じにしないでくれよな。

 彼女は可愛いいダイモン猫のラブちゃんと遊んでいるから、こっちの話なんて普段から良く聞いていないんだろうな。

 おっと愚痴ってて、「黄金の羅針盤」のあらすじを紹介するのを忘れた。オッサンの様な子供っぽい大人でも、きょう日の大人っぽい子供でも、楽しめる事は請合いますから是非ご覧あれ。フリードリヒ・ニーチェよりフィリップ・プルマンかな?

(完)